土曜の午後


土曜のランチはガラス張りのティールーム。窓際のカウンターの一番隅に腰掛ける。
ひとり用のティーポットの中の紅茶が開くまで、痛む胃を押さえながら、窓の外へと視線を移す。

薄日の差す昼下がり、道路を絶え間なく行き交う車。後部座席の車窓から顔を出す小さな男の子。小犬のようにはしゃぎながら風を受けている。これから家族でドライブなのだろうか?駅の方から歩いてきた女子高生達。交差点で3人のうちのひとりが分かれた。片手を上げて3人が手を振る。少し歩いて振り返り、もう一度。月曜日にも同じ行為は繰り返されるのだろうか?春風が制服のスカートをくすぐる。お店から出てきた小さな女の子を連れたお父さん。片手には買い物袋。可愛いうさぎの帽子をかぶっているその子が、後ろから駆け寄り、お父さんの大きな手をぎゅっと握った。お父さんは立ち止まって、身をかがめるとひょいと彼女を右肩に乗せて歩き出した。広い背中の上で小さなうさぎの帽子が揺れる。チューリップの可愛い花びらのように・・・。

土曜の午後 最初の紅茶を白いティーカップに注いで、ミルクを落とした。一旦カップの底に落ちた白い液体がふわりと表面に浮きあがる。温かい香りがした。痛んだ胃をミルクティーで温めながら外の時計台を見る。長針は、いつもよりゆっくり動いているようだ。

窓の外の景色は無声映画のようにいつまでも続いている。週末のいつもとは違う少し和やかな景色。老夫婦が仲良く並んでゆっくりと舗道を歩いている。眩しすぎない初春の陽だまりの中、散歩を楽しんでいるのだろうか?言葉を交わす風でもないのに同じ歩調で肩を並べて遠ざかる後ろ姿を目で追っていた。私の視界に次に飛び込んで来たのは、たくさんの花の束を自転車の篭に載せて颯爽と横切る若い女性。春色の花達は彼女の部屋で肩を寄せ合い、誰の目を楽しませるのだろう?
この窓の外を行き交う人達のどの顔も明るく華やいでいる。平日には無いゆったりとした時間の中にいる。週末は誰にとっても楽しい時間。春の光の中で、心許せる人達がくつろぐ時間。でも私の時計だけがなぜか止まったかのように。。。

サンドイッチのお皿に添えられた一粒の苺。最後に口に運んでみた。小さな赤い実が故郷を思い出させる。甘い香りと柔らかい感触が懐かしい。2杯目の紅茶のちょっぴり渋い味を忘れさせてくれる。
硝子越しに見える公衆電話。あの人は3人目だろうか、私がここに座ってから電話をしているのは。昼休みが終わるまであと1時間。ポットの紅茶も無くなってしまった。頬杖ついてため息をひとつ。3人目の人の会話が終わると、目の前のトレーを片づけて立ち上がった。片手には一枚のテレホンカードを握り締めて。。。

公衆電話の受話器を取り、迷わずに番号を押す。数回の呼び出し音の後、聞えた懐かしい声。身体の緊張が解けていくのがわかる。「あ、お母さん。今度の休暇にね、やっぱりそっちに帰るね。」チクチク痛んでいた胃の存在もたった一度の電話で忘れてしまえた。「私?元気だよ。大丈夫、もうこちらの生活にも慣れてきたから。」受話器をギュッと握り締めた。短い電話を終えると硝子の扉を開けて、私も外へと歩き出した。ついさっきまで窓越しに眺めていた、あの春の週末の風景の中に溶け込むように。心にひとつ温かいものを抱えて。




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