猫と陽だまり


春一番が吹いた日は、大好きなお散歩にも行けなくて猫は窓から外を眺めている。ようやく花開いた梅の木の枝が風で揺れたり、砂埃が舞っていたりしてとても外を歩けそうもない。それでも陽射しだけはポカポカと暖かくてなんとも残念そうに庭を見つめている。外出をあきらめると窓辺の一番陽の当たる場所で丸くなる。

猫と陽だまり 猫は寒さが苦手だ。だから散歩のできない雨の日や寒い冬の日は、仕方なく窓辺でひなたぼっこをしているらしい。実家で飼っている猫は完全な内猫で、自由に外出させていない。家の中と庭には自由に出入りができるが、最近では敷地外には出ようとしなくなった。お天気のいい午後には一緒に庭を散歩する事がある。彼女の様子を観察していると見慣れた庭の風景も違って見えてくるから不思議だ。
家から抱いて外に出してやるとまず大きく深呼吸して肺の空気を入れ換える。すっと顔を上げて太陽を見上げて、まぶしそうに何度か瞬きをしてからゆっくり歩き出す。土の感覚を確かめるようにその柔らかい爪先で踏みしめながら...。時々立ち止まってはひくひくと鼻を動かして風の匂いをとらえている。きっと空気の湿り気や風が運んでくる香りを察しているのだろう。
彼女は子猫の頃から花が大好きで、まず一通り庭の花に近づいて香りを楽しむ。椿の花は高い所に咲いているので、ひょいと抱きかかえて花の近くに顔を向けてやると、嬉しそうに顔をくっつけるものだから、鼻先に黄色い花粉がついてしまう。一所懸命なその姿に思わず笑みがこぼれてしまう。
猫のひげはアンテナのように興味の対象に向けられる。庭の岩陰にトカゲなど見つけようものなら、その瞳は大きく見開かれ、耳も真っ直ぐ前を向く。一瞬身体を硬直させて息を止めてタイミングをはかってパッと飛び掛かる。
文字どおり一心不乱で、その集中力には感心させられる。逃げるのに必死なトカゲは命からがら逃げ出して岩の間に消えて行った。
彼女の視線の先を観察すると様々な生き物を発見できる。ヤツデの葉にとまったテントウムシや梅の枝に羽を休めるメジロやウグイス。生まれたばかりの小さなトカゲ、セミの抜け殻、クモの巣など。あちらこちらに小さな生き物の生活が感じられ、季節とともに移り変わっていくのがわかる。そして私自身もそういう命のひとつであることを陽の光を浴びながら実感できる。陽だまりの中、ゆったりと過ごす時があってもいいと思える。

陽炎が立ちそうな冬の窓辺で眠る彼女の顔は、いつも微笑んでいるように安らかだ。陽だまりに包まれた無垢な寝顔を眺めていると、なぜだか幸せな気持ちになれる。休日には猫になったつもりで外の空気を吸いに行こう。寒い冬の日々のほんのわずかな午後の陽だまりを探して、ポカポカ身体を温めに。そして家に戻ったら窓辺で昼寝をしてみよう。春の予感を感じさせる暖かい陽射しは、きっと心の中まで温めてくれるから。幸せな気持ちで眠りについたら楽しい夢が見れるだろう。




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