冬の情景


 吐く息が白い煙になる季節。コートにマフラー、手袋をして外出する。外気の冷たさがピリリと頬を刺すようだ。空気は目に見えないが、なぜだか他の季節とは違って冬の空気は張り詰めていて、静かというか落ち着いている。冷たい空気も身を引き締めてくれるようで心地好い。

 霜柱...もう見かける事も少なくなった。冬の朝、シャリシャリと音を立てて踏み歩いた幼い日。落ち葉やわずかな土を持ち上げている細くて短い氷の柱たち。それはまるで無数の銀の針のよう。小さな池などに一夜で作られた薄氷は、素朴な手吹き硝子のように小さな気泡を包み込んでいる。それはとても脆弱で、できるだけ大きい氷を持ち上げようと思っていてもパリッと途中で折れてしまう。しかしその破片には危なげな様子は無い。鋭利に見えた先端も水のしたたりが、みるみる角を落としていく。
冬の情景  寒い朝、ランドセルを背負って通った冬の道。鼻の頭や耳の先を赤くしながら、あちこちと寄り道をしながら歩いた想い出。雪の降る日に皆で先生を説得して、1時限目は雪合戦。服が汚れてしまっても、しもやけをつくってしまっても、楽しくて、おかしくて笑い転げて、校庭を走り回っていたのはもう何年前の事だろう。
 ありったけの雪をかき集めて作った雪だるま。あんまり欲張って大きくしようとしたら土まみれの茶色い熊のようになってしまって大失敗。ふわふわした純白の雪だけを集めて作った雪うさぎ。真紅の南天の実の目に笹の耳をつければ完成。その自信作をどうしてもとっておきたくて、冷凍庫へ入れると言って親を困らせた。でも翌朝に扉を開けるとうさぎはコチコチの氷の塊に変わっていた。雪の儚さを知った出来事。
 霜、雪、氷...全ては水が変化したもの。全く違うようで同じであり、同じようで違う。冬の空から舞い降りる雪の一つ一つの結晶は各々が違う形をしている。毛糸の手袋の少し毛羽立ったところにちょこんと一粒の雪を乗せてできるだけそおっと運んでみた。ぎゅっと握ってしまえば消えてしまうから、そのままの形でとっておきたくて...。

 外気が寒いからこそ感じる温かさがある。吐く息の白さに、かじかむ手をそっと包んだ母の手に、友達が貸してくれた片方の手袋にぬくもりを感じる時、冬も悪くないなと思う。

 身も心も凍えていたあの日、貴方は黙って私の手を取り、自分のコートのポケットに入れた。冬の街並みを二人並んで歩きながら、一歩一歩進む毎にポケットの中でつながれた貴方の手の平から伝わるぬくもりが、私の凍えた心を溶かしていき、熱い想いは涙となって流れ出した。目の前が涙でかすんで見えなくなっても道を見失う事はなかった。貴方が一緒にいてくれたから...。
 別れ際、貴方は握った手にぎゅっと力を込めた。『頑張れよ。』言葉にはしなくても私の胸にはそう響いた。そしてポケットからそっと取り出された手からゆっくりと指をほどいても貴方の心のぬくもりは、いつまでも私の心を温めてくれていた。

 それは冬が思い出させる情景。真っ白い雪に覆われた早朝の景色のように誰の足跡もついていない胸の中にある想い出の風景。




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