旅の空から


旅行は私の趣味のひとつである。目的地に向かう手段が複数あれば、第一選択は迷わず飛行機。空港の雰囲気も好きだし、なによりいつもは目にすることのできない景色を眺めることができるのは飛行機ならではだから...。

空の旅の快適さは天候に左右される。時には大きく揺れて遊園地のコースター並みのスリルを味わうこともあるが、それもまた面白く思ってしまうのだ。子供の頃から鳥と遊び、空を飛んでみたいと憧れていたからかもしれない。離陸の時のふっと足元が軽くなる瞬間は、いつも心を躍らせる。これが苦手で飛行機が嫌いな人達がいるのも事実だが、私は平気。今回の空の旅はどんな発見があるのかとワクワクする。
飛行機が機首を上げて大空へと吸い込まれる。今までいた街がみるみる小さくなっていく。飛行機が空港を離れて旋回すると街全体が見渡せるようになる。出発の時はいつも箱庭のようになった街に「いってきます。」と心で別れを告げる。やがて海が眼下に見える。大きな船でもアリのように小さい。晴れた日には地上の景色を楽しむことができる。住宅地の家並みはまるでおもちゃのようだし、田園風景はタイルでできたモザイクのよう。海に点在する島々は微妙な青や緑の海のグラデーションに取り囲まれている。

旅の空から 雲が多い日もそれなりの楽しみ方もある。機体が雲の中からひょっこり顔を出すとそこには無数の雲の彫刻が並んでいることがある。雲はふわふわしていて気体のような存在かと思っていたが、時には厚くてしっかりと重量感もあり、すぐには形を変えない雲もある。雲の下ではさえぎられていても上空では日光が眩しくて、雲の表面を輝かせている。それらはまるで樹氷のような雪像のような少し蒼白い群像。それらの中をゆっくりと飛ぶ飛行機はまるで氷山の中を進む大きな船のようだ。ごくまれにだが、雲の上に飛行機の影が虹に囲まれて映し出されることがある。ブロッケン現象と呼ばれるその不思議な影は、しばらく一緒について来る。こういう事に出会えるとその日は、なんとなくいい事がありそうな気になってしまう。

夜のフライトはまた雰囲気が違う。飛行機から眺める街の夜景が大好きだ。賑わう街の中心は光が密集している。大きな道路を走る車のライトが白や赤の光のラインを作る。高層ビルの赤い光の点滅、住宅地に点在する柔らかくあたたかな黄色やオレンジの灯火。ピーターパンと一緒に寝室を抜け出したウェンディが眺めたロンドンの夜景もこんな風だったのかな...なんて考えたりして。運が良ければ、打ち上げ花火を空から眺めることもできる。地上から見上げるのと違って、飛行機からだと見下ろす事になる。上から見ると花火は丸くて、噴水の様に地上から沸き上がってふわりと消える。しかも手のひらに乗るほど小さくて可憐な花のよう。

日本を縦断するように飛行する時は、街のあるところが特にキラキラと輝いて見える。友達の住む街のあたりを飛んでいる時は、窓から外を見下ろしてその光の中で生活しているであろう人達の事を想う。いつもよりはこんなに近くにいるのに彼らは私の存在を感じる事も無いのだろう....。それでも近くにいるというだけで、とても優しい気持ちになれる。やがて見る見るその街は視界から遠ざかっていく。もしも神様や天使がいるのならこんな風に空の上から見守っているのかもしれない。繁華街から住宅地へ続く光の帯は、きっと家路を急ぐ車の列。そこには小さいけれど暖かな光が灯っている。

やがて自分の街に向かって飛行機が高度を下げ始めると旅の終わりの感慨と共に懐かしさと安堵の気持ちが込み上げて来る。見慣れた夜景が待っている。やはり飛行機は海の方からくるりと放物線を描き、夜のパノラマを堪能させて旅の終わりを締めくくってくれる。地上に降りた私もやがて、あの光の集まりの中に戻って行くのだ。旅の郷愁を胸に....。




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