向日葵−ひまわり−


 青い空に真っ白い積乱雲がくっきりと浮かび上がるこの季節になると思い出す女性がいる。
 大学の同級生だった雪さんは、その名前とは異なり、夏が似合う人だった。女子の中では一番背が高く(2番目は私だったが)、はっきりとした目鼻立ち、大きな声で明るく喋り、彼女が教室に入ってくるなり、パッと明るくなるようなそんな雰囲気を持っていた。

 私と彼女は背が高いと言うことでお互いに親近感を持っていた。私達が並んで歩くと小柄な男子には多少なりとも威圧感を与えていたかな?とも思うのだが、彼女の屈託のない明るさはいつも心地良かった。
 そんな雪さんを見ていて『ひまわりのような女性だ』と、思った。そう、夏空にすくすく伸びて大輪の花を咲かせる太陽の光りを集めたような黄色い花。見ていると元気になれそうな、そんな雰囲気が彼女のイメージに合っていた。

ひまわり  ところがある年の夏休みが終わり、最初の講義の日、陽に灼けた笑顔があふれる教室に現れた彼女に皆の目は奪われた。ひと夏で彼女はすっきりとやせていたのである。もともと太っていたわけではなく、背が高くて健康的な感じだったのが、目の前にいる雪さんはグラビアモデル並のスリムな身体に流行の服を身につけて、見違えるようだった。「うわ〜、やせたね〜!」「きれいになったね。どうしたの?」と、女の子達が彼女を取り巻いた。「うん、ちょっと頑張ってダイエットしちゃった。」と言う彼女の笑顔はいつもと違っていた。その元気のない青白い顔が、なぜだか私を不安にさせた。
 それ以来、夏休み明けの話題は変身した雪さんの事で持ちきりだった。風の噂では、彼女は誰かに恋をして、その彼のためにやせようと一大決心をしたという。まさに恋の力は偉大なりということか.....。
 しかしである。その後の彼女の行動は異常だった。いつもは休み時間に友達と喋りながら食べていたお菓子などは一切口にしなくなり、昼食もほとんどを残すようになった。冗談ばかり言っては私達を笑わせ、何でも美味しそうに食べる彼女の姿が遠い昔の事のように思われた。
 夏の陽射しがやわらいで、朝夕の風に少しづつ秋を感じる頃になると、クラスの誰もが彼女の性格の変化に気付きはじめた。相変わらず食は細いが、周囲の女の子には、甘いものを勧めるようになった。以前の笑顔が消え、血色の悪い顔で時々ため息をつき、沈むようになり、なんとなく近づき難い雰囲気になってしまった。このままでは彼女が彼女でなくなってしまうのではないか?
 そして遂に彼女は倒れた。無理なダイエットのきっかけは、好意を寄せていた彼の「太った女は嫌いだ。」のひと言だった。それから彼女は無理をしてやせたものの明るい性格を失ってしまった。私達にお菓子を勧めながら、『私以外の女の子がみんな太ればいい。』そう思っていたという。ああ、何ということだ!もうあの明るくて元気のいい雪さんは戻って来ないのか...。彼女は恋する相手を間違ってしまったのだろうか。スリムな身体と引換えに失ってしまったものが多過ぎる。悲しいことに恋の成就さえも逃してしまった彼女は失意の中で体調を崩してしまった。晩夏に首をうなだれて、花びらを落としてしまったひまわりが、私の頭の中に浮かんだ。

 あれから何年経ったのだろうか。私達は卒業し、それぞれに別の道を歩んでいる。毎日の生活に追われて、学生時代のように一年一年の区切りが無くなり、時間の経過を単調に感じ始めている。だからこそ学生時代のひたむきな生活が、いとおしくて仕方無いのかもしれない。
 今日も真夏の陽射しを浴びてひまわりが咲いている。秋になり花びらを落としたひまわりは、それでも沢山の種を大地に落とし、それが次の夏へとつながって行くのだから...。雪さんもまたあの明るい笑顔を取り戻してくれていることを祈りつつ、ひまわりに微笑みかける私がいる。





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